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いつの間にかトップページに広告が表示されていたのが許せん。私が更新しなかったせいなんだが。

ともあれ、ここ数ヶ月ほとんど読書らしい読書をしていなかったのだが、ようやく時間ができたので何冊か買いました。

根井雅弘『ケインズとシュンペーター 現代経済学への遺産』NTT出版、2007年
書き上げてしばらくしてからふと思ったのだが、ここ数ヶ月書き続けていた論文にはシュンペーター的な発想が入り込んでいるような?本当かよ。

齊藤誠『成長信仰の桎梏 消費重視のマクロ経済学』勁草書房、2006年
昨年から買おう買おうと思いながら後回しにし続け、先日たまたま書店で見かけて買った。金融&マクロ経済入門一歩前。

中島岳志『パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義』白水社、2007年
『中村屋のボース』に続く、気鋭の歴史学者の著書。まだ軽く眺めた程度だが、相変わらずうまいねえ。いや、研究論文のほうは読んだことないが、とにかく一般向けに「読ませる」文章はとてもうまいと思う。くそう。天は二物を与えやがった。一つ私にくださいな。

東浩紀『批評の精神分析 東浩紀コレクションD』講談社、2007年
LSDシリーズ完結。美少女ゲームを扱った第7章はさすがにディープすぎてフォローできません。個人的には稲葉振一郎との対談(第9章)がおもしろかった。

白坂蕃『スキーと山地集落』明玄書房、1986年
本来ならば論文執筆前に買っておけ的な本。なぜ今頃。

矢口芳生『現代蚕糸業経済論』農林統計協会、1982年
本来ならば博士課程入学時に買っておけ的な本。なぜ今頃。

加用信文『日本農法論』御茶の水書房、1972年
本来ならば学部時代に買っておけ的な本。なぜ今頃。
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今年は博士論文を書きつつ、就職活動もする。そういう年になる。これまでどちらかと言えば場当たり的にやってきた研究を、議論の意義と射程を明確にしながら一本の論文にまとめ、2008年以降の研究テーマの構想も進める。正直いってたいへん面倒な作業が続く。

けれども、他者だけでなく自分の中から湧き上がってくる要求の水準を下げたくない。下げてしまえばさしあたり楽になる。なおかつ、やってきたことをきれいにまとめれば、ある程度の評価を得ることはできるかもしれない。でもそうして積み上げたものは何なんだろう。

不安になればなるほど、きれいにまとめたい欲求は増していくと思う。ヘタレ院生を自認する僕としては、何ヵ月後かに、そういう欲求に身を任せたくなる可能性が高い。だから今のうちに、そうしないように未来の自分に対して警告しておきたい。と同時に、不安を避けようとしすぎないことも必要だと思う。矛盾しているようだが、避けようとするものほど自分に近づいてくるのだ(この命題の正しさについては、街中をふらふらと覚束なく走っている自転車の例を思い起こせば証明不要と思われる)。

できることなら、博士論文を書き上げた後に、あれもできなかった、これも足りなかった、……と延々と列挙できるような状態でありたい。

たぶん、博士論文は「(厳密な意味での)これまでの集大成」ではありえない。とすれば初段落での記述は、間違っていないけれども、的を外している。むしろ、場当たり的研究の一つ一つが、統一的な体系に収まるような視点を見つけ出すことが、目指されるべきだ。そしてこれこそが博士論文の中核になる。

これまで書いたものの書き直し、あるいは置き直し、ではなくて、その「読解」こそが求められる。私はこのとき何を言いたかったのか?何が言えたのか?逆に言えなかったことは何か?これらの問いを、既存研究の体系に照らしながら読み解いていく。今年はこういった作業を延々と、しかし常に時間的制約を気にかけつつ行なっていかねばならない。この作業は、その成果を直接的には表に出すことはないけれども、多少なりとも学問的/実践的に貢献しうる論文を仕上げていくために、不可欠な作業のはずだ。まずそこから始めよう。
 
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