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ソルジェニーツィン『ガン病棟』(上)新潮文庫

<<以下引用>>

■24~25ページ
パーヴェル・ニコラーエヴィチは顎の下の硬い腫瘍の塊を意識するうちに、ふと、自分がこの病室では決して軽症の部類に属していないということに思い至った。

(中略)

パーヴェル・ニコラーエヴィチの腫瘍の塊は頭を圧迫して、頸の自由な運動を妨げ、ほとんど一時間ごとに大きくなっていくようだった。

■152ページ
金曜の朝、空はどんよりと曇っていた。病院生活では、たとえ戸外がどんな天気であろうと、朝はいつも重苦しい。この病室の毎朝はエフレムの陰気なお喋りから始まるのが通例だった。だれかが少しでも希望や願望を口にすると、エフレムはただちにそれに水をさし、やりこめてしまう。だが今朝のエフレムは口をあけるのも嫌で、もっぱらこの静かで安らかな本を読みふけっていた。ほとんど頬にまで包帯がかぶさっているから、洗面は無意味である。朝食はベッドでとればいい。それに外科医の回診は今日はない。そこでゆっくりと、その本のざらざらした厚手の頁をめくりながら、エフレムは無言で読みつづけ、かつ考えつづけた。

■229~230ページ
オレークは昂っていた。自分があんなにながながと喋り、みんながそれを聴いてくれたことで昂っていた。とつぜん戻ってきた生活感覚にからみつかれて、息が詰まりそうだった。つい二週間前には、その生活から永久にはじき出されたと思っていたのではなかったか。もちろんその生活感覚は何か具体的なものを、この町の人たちがそのためにあくせく働いているようなものを、もたらしてくれるわけではない。住居や、財産や、社会的名声や、金をもたらしてはくれないが、訪れたのはもっと本質的な喜び、コストグロートフがまだ忘れてはいない喜びだった。すなわち、だれにも命令されずに自由に大地を歩む権利。自分であかりを消し、くらやみのなかで眠る権利。手紙をポストに投げ込む権利。日曜日に休息する権利。川で泳ぐ権利。ほかにもたくさんあるもろもろの権利。
そのなかには女と言葉を交わす権利もある。
それらのすばらしい権利のおかげで、今ふたたび健康が戻ってきたのである!

■303~304ページ
「ねえ、監督さん」と元兵隊が低い声で哀願した。「あと何センチか足りない分は勘弁して下さい。われわれはもう無理なんです。腹が空っぽで力が出ない。それに、こんな天気だし…」「それでお前らの代りにおれが罰を受けりゃいいのか。馬鹿を言っちゃいけねえよ! ちゃんと決った予定ってものがあるんだ。それに穴の底は真っ平でなくちゃな。まんなかだけ溝になってるんじゃいけねえんだ」
ポドゥエフが体をかがめて竿を引き上げ、粘土から足を引き抜いたとき、三人はいっせいに振仰いだ。一人はまっくろな鬚面、もう一人は追い立てられたボルゾイ犬のような顔、もう一人はまだ鬚を剃ったことのない、産毛だらけの顔。それらの顔の上に生気のない雪のひらが降りかかり、三人はポドゥエフを見上げていた。若者が唇を動かした。
「どうでもいいや。あんただっていずれ死ぬんだからね、監督さん」
ポドゥエフはこの三人を独房に入れるように申請したわけではない。ただ自分が責任を引っかぶらぬように、三人の仕事ぶりをありのままに報告しただけである。それに、考えてみれば、これよりひどい場合はいくらもあった。そして十年の歳月が流れ、ポドゥエフはもう収容所の仕事はやめたし、あの組長は釈放された。

(中略)

「あんただっていずれ死ぬんだからね、監督さん!」
なんらかの具体的な手段によっては、エフレムはその声から逃れることはできなかった。なぜエフレムはもっと生きていたいのだろう。あの若者はもっと生きたかったのだ。生きていたいのは、エフレムの我の強さのせいなのか。あるいは何か新しいことを身につけたから、今までとは違った生き方がしたいのか。病気はそんなことを聴く耳をもたぬ。病気にはちゃんと決った予定があるのだ。

■367ページ
人間には歯があるから、噛んだり、歯を食いしばったり、歯ぎしりをして口惜しがったりする。歯をもたぬ植物たちは、なんと穏やかに成長し、なんと穏やかに死んでゆくことだろう!

■425~426ページ
人間の考えが正と不正の明快な二つのグループに分れることなく、思いもかけぬさまざまなニュアンスの迷路を這いまわった末に、思想的な混乱しか残さないような場合、アヴィエータはいつも悲しい気持ちになるのだった。たとえば今もそうだ。どうもよく分らない。あの青年は私の意見に賛成なのだろうか、反対なのだろうか。あくまで議論を続けるべきか、それともここでやめるべきなのか。


<<説明>>
気になったページを折っておいて、あとからその部分を写してみた。なぜこの部分?というのは私にもよくわからない。ただこうして全然(でもないのだが)脈絡のない箇所を並べてみると、そこには小説を通して読むのとはまた別の景色が立ち上がってくるようにも感じる。
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