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ノロウイルスが原因と思われる体調不良は、医者の予測どおり、薬と休養であっさり治ってしまいました。コメントくれた方々、どうもありがとう。

さてたまには本のレビューを。社会学者N.ルーマンの本を、はじめて一冊読みきった。『信頼 社会的な複雑性の縮減メカニズム』(大庭健・正村俊之訳、勁草書房、1990年)。図書館で借りて読み進むうちに、やはり買わねば、との思いが高まる。記述は難解だが、ルーマンの言わんとしていることは、難解さとは全く無関係に、腑に落ちた気がする。

たとえば次のような部分。

>信頼を実際に示すためには、さしあたりまずキッカケがなければならない。(中略)…その者は、自分の振舞をとおして状況に関わり、信頼が裏切られる可能性に自らを曝さねばならない。換言すれば、その者は、先に「リスクを賭した前払い」と呼んだことを行なわなければならないのである。
(77ページ)

>したがって、信頼への準備の問題は、不確実性を減少させることによって、それ相応に確実性を上昇させることにあるのではない。むしろ逆に、確実性を犠牲にして、担いうる不確実性を上昇させることにある。
(147ページ)

つまり信頼関係が生じるためには、一度、相手が自分を裏切りうるような状態を経験し、それに賭けることが、不可欠の条件だ、ということである。

>このように、不信もまた生活態度を単純化しているのであり、それが劇的な単純化をもたらすこともしばしばである。不信を抱く者は、多くの情報を必要としているが、同時に自分があえて依拠しようとする情報を狭めてもいる。この者は、より少ない情報により強く依存するのである。
(132~133ページ、強調部分は原文傍点)

僕は、肝心なところで、人や社会を、信頼できていない(しようと思ってもなしえない)、という気が常にしている。それが、おそらく、僕が今後(もうすでに?)直面するであろう問題の、核心のひとつになっていくように思う。そういうときに、上で引用したようなルーマンの洞察が、何がしかの指針になる…かもしれない。

『信頼』についてはまだたくさんの興味深い点があったので、折をみて触れたい。本当は昨日のうちに図書館に返さなければいけなかったんだが…。
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Comment
  あやママ [URL] #SFo5/nok
『財界展望』が水道水の中にはノロウイルスがいることを、連載してたけど
やっぱ、本当のようだ。
http://www.zaiten.co.jp/mag/0604/index.html

3月3日 にNHKが午後7時のニュースで「全国で初めて東京都が水道水のノロウイルス調査を行うことを報道。

翌日、朝日新聞も下記のように報道した。
水道水のノロウイルス調査へ 東京都が来年度から
2006年03月04日10時07分
 冬の「おなかのかぜ」の主犯格とされるノロウイルス。水道水に含まれていないかの実態調査に東京都水道局が来年度から乗り出す。ウイルス対象の上水道の調査は、全国的にも珍しい。
 大腸菌や重金属の監視をしている水質センター(東京都文京区)が、川から取った水や、浄水場での各処理段階での水について、ウイルスの有無や濃度を調べる。検査技術習得などを経て、年内には数カ所の浄水場で検査を始める予定だ。

 ノロウイルスは、下痢や嘔吐(おうと)などを伴う感染性胃腸炎を起こす。加熱が不十分な食品などが原因と考えられているが、人の腸内で増え、便などを介して海へ流れ、カキなど貝類に蓄積されることもわかっており、川から浄水場にまぎれ込む可能性が否定できない。

 2006.03.19 Sun 03:04 [Edit]
  にゃむちー [URL] #-
ルーマンさんは、社会の中で「信頼」というものをどう位置づけているんですかー?
わしでもわかるように教えてください・・・。
 2006.03.22 Wed 15:40 [Edit]






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