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久しぶりにぞくぞくしながら本を読んだ。
加藤典洋『日本の無思想』平凡社新書。
面白いと思った点は多々ある。
とりあえず一点だけ。
外部からの「異なる神」を迎えるときの、口をつぐんだ無言の抵抗。この経験が、日本社会の基底にある。
それから、思考のテクニカルな点。
オリジナリティとは、新しいことを言うことではない。以前から言われてきたことを、新しく聞こえるように言い直すこと。これは前も書いたかな。

ここからはちょっと研究の話。
今年に入ってから既存研究整理の作業に区切りをつけるべく論文を書いてきて、まだ終わらなくて、さあて困ったなと思ったりして、先生から「あせってもいいものは書けない」とのお言葉まで賜って、明日から3日間出かけるのでその間作業は中断で、でもようやく見通しがついてきて、5月中に投稿にこぎつけたいとは思っている。
この間、ずっと感じてきたのは、どこを目的地にして、どこから出発すべきなのか、ということ。さらに言えば、なぜ私は「今・ここで・この課題に」取り組んでいるのか、ということ。
実存的な問題と言ってしまえばその通りなので、ブログ上で話題にすることじゃないかもしれない。
ただ、実存的問題に回収しきれない問題もあるのかな、と。アカデミックな領域での問題。
一言でいえば「今の農業経済学ってどうよ?」ということだ。
タマゴ段階でこんなことを言うのはおこがましいとは思う。
しかし、失礼を重ねて言うならば、今50代、60代の研究者はこれまでのフレームの中でちょこちょことやっていけばいいだろうが、20代の私にとっては、学問の「持続可能性」に対し敏感にならざるをえない。
今の農業経済学を、議論の出発点や目的地に設定することに対し、私はメリットをあまり見出せない。経由地(ツール)として用いるなら別だが。
じゃあどうすんのよって話になるけど、さしあたっては農業経済学のフレームのなかで議論を進めることになると思う。その上で、社会科学全般を視野におさめつつ、自分の立ち位置を確認していく作業が、どうしても必要になる。
以前は留学を考えていたけど、今は(留学も含めて)「無駄な時間」を過ごすという選択肢が重要じゃないか、と考える。「無駄」というのは、今自分のコミットしている対象からいったん距離を置いて色々な本を読み、色々な経験をする、もっと自由に、ということ。
……結局は実存的になってしまった。

見ればわかりますが、デザイン変えました。
とくに意味はありません。
「無思想」です。
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ヨガ・ピラティス 2008.09.26 Fri 01:36 [Edit]






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