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小熊英二『<民主>と<愛国>』

本の分厚さに、ある人は驚嘆し、ある人は読む気をなくし、またある人は手が疲れてしまうだろう。だが内容的には、あらゆる「難解さ」から無縁な本である。すなわち誰もが無理なく読める語り口と内容である。もちろん多少の興味関心は必要ではあるが。

細かい文書資料の掘り起こし・積み重ねをもとに、各時代の「空気」を再現する手法は見事なもの。「実証」とは本来こうしたものであろう。

気になったというか、まだよく消化できていない点がひとつ。あとがきで小熊は、人間は自らの言動の真の動機を知ることなどできないのだ、と結論している。これは「なぜこんな研究を?」を尋ねる人々への返答になっている。小熊はさらに、本当に自分にとって大きな影響を与えたものについては、その大きさゆえに、制限された分量/言葉で語りつくすなどできないのだ、だから「こういう理由で私はこの本を書いた」などとは言えない、と述べる。これはよくわかる。

だが、思想家の生い立ちや時代背景を振り返ることで、その人の思想の水脈を探り当てる、という小熊のとってきた手法は、こうしたあとがきでの主張と相反しているのではないか?「こういう理由で彼はこのような主張をした」という結論を安易に導いてしまっているのではないか?

もちろん、この本の主題は、思想家個人の体験や時代背景というよりは、その時代に生きた人々すべての心情である。個々の思想家はその媒体として、あるいは代表例として取り上げられているにすぎない。

それでも、それぞれに個別的な思想家の主張を、時代背景や生い立ちに安易に落とし込んでいるのではないか?という批判はどうしても生じる。それは、時代状況や各論者の主張、党派の動きなどが記述の中心であった第Ⅰ部、第Ⅱ部に比べ、吉本隆明、江藤淳、鶴見俊輔、小田実など著名な思想家を個別トピック的に取り上げた第Ⅲ部における記述が、分かりやすくはあるもののどことなく「軽い」印象の否めないことに、とりわけよく現れているのではないか?

ただ、小熊はその危険を分かった上であえてこうした分析をしているのだ、とも読める。

また、16章において鶴見俊輔の唱えた「同情」が紹介されているが、この本の論述は、「同情」の小熊なりの実践なのかもしれない。ここでの「同情」とは、他者の不幸をあわれむというようなものでなく、個人がそれぞれに個別な広大な世界を持っていることを認めたうえで、抽象的な共通概念(「悲しみ」や「社会」など)によって独我論的な世界を乗り越えていける、といった程度のことを意味している。

ともあれ、最終章での結論は示唆に富むものだった。「民主」や「愛国」、「ナショナリズム」と呼ばれてきたものが、実は同じことの異なる表現であり、それに対する新たな表現を生み出すことが「戦後」を乗り越える唯一の方法である、というのが小熊の結論である。全体を通じて感じたことだが、表面的な言葉の使い方は、さほど重要ではない。それによって何を言おうとしているか、何が言われようとしているかが重要であり、それを見極めようとする、という意味において、「保守」も「革新」もいわば同じ努力を続けているのである。
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インナー・下着・ナイトウエア 2008.09.13 Sat 14:43 [Edit]
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