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木原善彦『UFOとポストモダン』平凡社新書2006年

どこかのブログで薦められていたので、読んでみた。

僕自身は、UFOに大いなる興味を抱き10代の頃からそれに関する本を読み漁ってきた、というようなことは全くない。
けれども同世代の人たちの多くがそうであるように、10代になったばかりの頃にはUFOに関するテレビやマンガが少なからず周囲にあったし、それなりに面白がり、ときには素朴に信じもした。

この本は、UFO実在の真偽を問うのではなく、UFOをめぐる言説やメディア状況の移り変わりを、大澤真幸の「理想の時代」「虚構の時代」「不可能性の時代」の三区分に対応させて論じている。
随所でドゥルーズ、デリダ、リオタールなどの思想家が(ごくごく簡単ではあるけれど)紹介されており、そちらに関心のある人にとっても楽しめると思う。

面白かったのは、UFOの「空とぶ円盤」という一般的イメージが、偶然の誤報(誤読)によって生じた、という点だ。
UFOは生きたパロール(声)ではなく、死んだエクリチュール(書き言葉)によって表現される。
エイリアンの「灰色の肌」は、人種的属性をほのめかしつつもいかなる人種にも属さないという点で象徴的だが、同時にそれは「死者」を想起させる。
現在(1995年以降)では、しかし、エイリアンは灰色の肌をもつ死者ですらない。
それは虫(バグ)や魚類(スカイ・フィッシュ)であり、メディアに媒介されて存在し、われわれに極度に近接する。
かくしてエイリアンは、白人男性→灰色の肌をもつ死者→虫・非哺乳類、というように、退化の道をたどってきた。



さて以下は本とは関係ない話。
前回のエントリに対し、しみずさんから鋭いコメントがきました。本業の研究のほうはどうなの?と。
この点については近いうちにレスポンスします。

(ただし一点だけ今言っておきます:研究内容とブログのエントリを連動させようということを、僕はそんなに意図していないのです。)
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